最高裁判所第一小法廷 平成2年(オ)101号 判決 1994年1月20日
主文
原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
右部分に関する被上告人の控訴を棄却する。
被上告人は、上告人に対し、六一四万八三五六円及びこれに対する平成元年一一月二〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
控訴費用及び上告費用並びに前項の裁判に係る費用は、被上告人の負担とする。
理由
上告代理人米田功、同市川武志の上告理由第一点について
一 原審が適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1 被上告人は、昭和五八年八月三一日、上告人との間で、上告補助参加人株式会社福岡銀行二瀬支店の白川寅雄名義の預金口座に五〇〇万円の振込みを依頼する旨の契約(以下「本件契約」という。)をし、上告人に同額の金員を交付した。しかし、被上告人は、その際、その申込用紙の振込先口座の番号欄に口座番号を記載しなかつた。
2 上告人は、口座番号の指定がないまま直ちに同支店に対してテレファックスで送金の通知をした。同支店には、白川寅雄名義の預金口座はなかつたが、筑豊鉱業株式会社(代表取締役白川寅雄)名義の当座預金口座と全九州鉱害被害者組合組合長白川寅雄名義の当座預金口座があつた。同支店は、上告人を通じて被上告人にその指定を求めないで白川寅雄本人に照会し、その指示に従つて筑豊鉱業株式会社名義の右口座に五〇〇万円を入金した。
3 被上告人は、上告人に対し、本件契約の履行の催告をした上、同六一年一月二四日、これを解除する旨の意思表示をした。
二 原審は、右事実関係の下で、上告人は、前記支店と共同しまたはこれを履行補助者として、本件契約に係る五〇〇万円を筑豊鉱業株式会社に送金したものであり、これは被上告人の依頼の趣旨に反するものであるから本旨に従つた履行ではなく、本件契約は上告人の債務不履行により解除されたとして、原状回復として振込金五〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一月二五日から支払済みに至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める被上告人の請求を認容した。
三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
前記一の事実関係によれば、上告人は、被上告人の依頼どおりに前記支店に送金の通知をしたが、被上告人が本件契約の際に振込先口座の名義人を指定したのみでその口座番号を明示していなかつたため、同支店は、名義人が白川寅雄であること以外に振込先口座を特定する手掛かりがなかつたことから、白川寅雄本人の指示に従つて筑豊鉱業株式会社名義の前記口座に入金したものである。このような場合、上告人は、その履行すべき義務を尽くしたものというべきであつて、振込依頼人から責任を追及されるいわれはない。
そうすると、被上告人は、上告人に対し、本件契約上の義務の不履行に基づく解除による原状回復の請求をすることはできないことは明らかである。
そうであるとすれば、被上告人の請求を認容すべきものとした原審の判断は、法令の解釈適用を誤つたものであり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は右の趣旨をいう点において理由があり、他の上告理由について判断するまでもなく、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、前記説示したところからすると、被上告人の前記請求が理由のないことは明らかであり、これと結論を同じくする第一審判決は正当であり、被上告人の控訴は理由がないからこれを棄却すべきものである。
上告人の民訴法一九八条二項の裁判を求める申立てについて
上告人が右申立ての理由として主張する事実関係は、被上告人の争わないところであり、原判決中上告人敗訴部分が破棄を免れないことは前記説示のとおりであるから、原判決に付された仮執行宣言が効力を失うことは論をまたない。そうすると、右仮執行宣言に基づいて給付した金員及びその執行のために要した執行費用に相当する金員並びにこれらに対する右支払の日である平成元年一一月二〇日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求める上告人の申立ては、正当として認容されるべきである。
よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、一九八条二項、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大堀誠一 裁判官 味村 治 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好 達)